神様だってサイコロを振る

考え事とキリスト教の話。

スマホを過去に投げ捨てろ

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オール・イン・ワンの時代は部分的に終わりつつある。

当時誰もマトモに取り合わなかったタッチパネル入力を、10年前に考案し開発していた日本人がテレビ番組で特集されていた。

10年前、つまり僕がまだぴちぴちの高校生だった頃、携帯電話はメールと電話と糸通しのゲームのためにあった。

カメラやワンセグが携帯に引っ付いてきたとき、誰もが鼻で笑ったものだった。こんな機能、携帯にはいらないだろ、と。

それが今や当たり前になっている。画面はタッチパネルになり、カメラは二つも引っ付いてちょっとしたビデオカメラにもなり、昔やっていた据え置きのゲームが手のひらサイズの端末でプレイできるようになった。

 

オール・イン・ワンの時代はスマホによって切り開かれてきたように思う。仕事も遊びもコレ一つあれば大丈夫、そんな時代がやってきた。

けれど部分的に時代を逆行するように、ミニマルな単機能に特化したもので勝負しようとするものもある。

 文字を打つことしかできないpomeraがそうだ。事務用品メーカーであるキングジムから発売され、淡々とシリーズを重ねてきた。

ネットサーフィンも出来なければカメラもなく、ゲームもできない。ひたすら文字を書くためだけのデバイスであって、それ以外の用途においては全く使えない。

そういう機能の一点集中型のデバイスが──オール・イン・ワンの時代の中で復権しつつある。

 

僕が携帯電話すら持っていなかった時はメールはパソコンでしていたし、ネット回線だって電話線に繋げていた。壊れたロボットみたいな接続音を聞くと甘酸っぱい思いに囚われる。

当時初めて出来た彼女との連絡は一日一回のメールでポエムを送りあうことだった。当時のポエムは何故か無印のノートにもしたためてある。先日それを見つけてしまって死にたくなる事件が起きた。早急に焼き払わなければならない。

 

ともあれ、僕にとってデジタルで文字を書くとき、タッチパネルよりもキーボードのほうがしっくりくる。

そんな思いを持っている人は大勢いるのかもしれない。

pomeraという現代のワープロは、そのノスタルジーな思いを叶えてくれる答えのひとつだ。このオール・イン・ワンの時代の中でもっとも遠い場所にあるそれは、僕の心を捕らえて離さない。

僕らはいつも失われたものに魅力を感じる。その裏側にあるものはなんだろうか。

過去から見れば有り得なかった未来がたった10年で塗り替えられた。

たった10年でキーボード入力は現代の若者にとって授業と会社でしか使わない野暮ったいアイテムになった。

 

けれどオール・イン・ワンの時代は少しずつ限界を迎えつつある。

確かにこの携帯端末はなんでもできる。書類を1から作成して印刷までできる。絵を描くことも写真を撮ることも、あらゆる情報を発信し、また受け取ることができる。

けれど。

けれど、そんなオール・イン・ワンに僕らはきっと疲れているのだと思う。

今は失われてしまった、雑多で単機能のそれを、どこか懐かしさとあこがれをもって振り返る時代がきている。

写真は共有するためではなく世界を切り取るために。
文章は己と向き合い新しい世界を生み出すために。
僕はpomeraを買おうと電気街に向かった。

 

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ノスタルジーには金がかかると財布が叫ぶ。僕は静かに、財布を閉じた。

まだしばらくは──少なくとも僕の中で、オール・イン・ワンの時代は終わりそうにない。